東村アキコについて

 一年に一度の楽しみである、かくかくしかじかの新刊が発売された。毎年、かくかくしかじかの新刊を買って読むたびに、ムズムズとした気持ちになるので、俺と東村アキコの話を書く。

出会い

 俺が初めて読んだ東村漫画は、大学の寮に入寮したての頃に読んだ、『ひまわりっ健一レジェンド〜』だった。寮で同じ部屋員となった、医学部のN君が毎週狂ったように買ってくる週刊モーニングに連載されていた作品である(今思えば、彼が毎週モーニング買ってなかったら、こんなに東村作品を読んでいなかっただろう)。

 正直にいうと、「この漫画面白いけど、力強すぎて、そんなに流行らないかもなぁ」と思ったのだけれど、意味不明なノリに圧倒され一発で好きになった(東村作品は、基本的にキャラクターのテンションが異常に高く、身内ネタや80~90年代ドラマネタ、宮崎県のローカルネタなどが毎度鬼のように繰り返される)。「この面白さがわかるのは俺だけ」というような歪んだ親心も、自然と芽生えた。

 かくして東村アキコは、俺の中で『俺だけが認める漫画家』となり、ホノオモユルにとっての高橋留美子的存在となったのだった。

俺だけの東村アキコでなくなった

 あれはたしか、大学3年の冬だった。 大学の図書館でそれとなくネットニュースかなんかみていたら、突然東村アキコの名前が目に飛び込んできた。『ママはテンパリスト』この漫画を読め!一位受賞のニュースである。

 ここからの東村アキコは本当にすごかった。ママテンに続き、『海月姫』の大ヒット。少女漫画感と、独特の狂ったテンションをきっちり両立させ、ノイタミナ枠でアニメ化までされる怪作となった。

 自分が好きな漫画家が有名になったことが非常にうれしい反面、何ともいえないひっかかりが胸に残った。東村アキコは、 俺だけの東村アキコでなくなったのだ。

かくかくしかじか

 俺は大学を卒業し、なんとなく仕事を始めて、季節は冬になった。途中まで集めていた『主に泣いてます』は大学卒業と同時に売ってしまい、東村作品とは少し距離を置くようになっていた(もちろん後で全巻買い直しました)。そんな矢先、新刊コーナーに平積みされた、『かくかくしかじか』を本八幡くまざわ書店で見かけたのだった。

 表紙に描かれた、絵筆を加えた女子高生は、明らかにアキコだった。この時点で彼女自身のことを描いた作品なのだとわかったが、表情はどことなくキッとしていて、『ママはテンパリスト』や『ひまわりっ』のアキコとは雰囲気が違っていた。

 実際に読んでみると、やはりこれまでの作品とも、単なる自伝的作品とも違っていた。自伝というよりは、 彼女の懺悔や後悔の念の固まりである。

 なるべきだった自分と、今の自分を真剣に見比べると、色々やり直したくなってくるのは皆同じなのだ。もうどうにもならないことというのは、どうしてこんなにどうにかしたくなるのか。やっぱり世の中、失敗も成功も、本人の思い通りにいかんもんだよなぁ。 

 しかしまぁ、そんな話だけで終わらないのが、東村アキコの作家性(人間性?)である。やっぱり、この人頭おかしい。もちろんいい意味で。

俺と東村アキコ

 「すごいと思う漫画家は?」と聞かれたら、色々と考えてしまうが、「好きな漫画家は?」と聞かれたら、俺は東村アキコと即答する。

 東村作品については、もはや冷静に分析しながら読むことはできなくてっている。 なんかもう、よくわからんけど好きなのだ。アキコが前からの知り合いみたいな気持ちになってる人は、たぶん俺だけでないはず(っていうかそう願いたい)。

 ちなみに俺が一番好きな東村キャラクターは、二見です。キャラクターではないが。ご本人いらっしゃるが。